Shonan Boy

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広島に復帰した黒田選手の成績を振り返ってみたら凄かった!!

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広島 黒田選手 成績

Shonan Boyのぺぺ(id:akabaneyama150)です。

 

日本シリーズ盛り上がってますよね!

広島は黒田選手が今季限りで引退だし、日本ハムには二刀流の大谷選手もいたりと見所がまんさいです。

 

試合もさすが日本シリーズ、本当にいい試合が多くてそんなに野球は見ないボクでも見ちゃいますね。笑

 

そこで最近黒田選手がすごく気になってまして、メジャーで投げてたぐらいしか知らないのでちょっと調べて見ました!

 

 

 

黒田選手とは

黒田 博樹(くろだ ひろき、1975年2月10日 - )は、大阪府大阪市出身のプロ野球選手(投手)。広島東洋カープ所属。

父は元プロ野球選手の黒田一博。大卒投手で史上初めて先発勝利(先発投手勝利)数で200勝に達し、日本人投手で史上初めて日米通算先発勝利(先発投手勝利)数で200勝を達成した投手である[1]。また、日米40球団勝利を日米で唯一記録した選手でもある[2]。

出典:黒田博樹 - Wikipedia

 

名前、博樹って言うんだ。笑

知らないよねー。

しかも、お父さんも元プロ野球選手とは。

お父さんのDNA受け継いでるなー、スゴイ!

 

意外と知らないのは日米40球団に勝利した唯一記録した選手、だったこと。

日本がセ、パ両リーグで12球団で、メジャーリーグは全部で30球団になります。

なので、全部で42球団だから黒田選手のすごさがわかりますよね!

ちなみに、野茂選手は34球団、松坂選手は32球団だそうです。

 

黒田選手の経歴と成績

高校生の頃は3番手ピッチャーで出番もなく、最後の夏の大会も投げることなく部活を引退しています。

あんなすごい選手でも高校の頃は投げれなかったんだねー。

 

広島カープ時代 

その後、大学に進学して、1996年にドラフト逆指名2位で広島東洋カープに入団しました。

背番号は15ですね。

この背番号が後に広島に復帰する時にふたたびつける番号になりましたね。

これも、なんか感動しますよね〜。

 

・・・あれ、おれけっこう野球好きなのかな?笑

 

プロ入り後も2軍スタートで、さらに1998年は1勝でシーズン終えるというざせつを味わっている。

 

2000年頃からようやくとうかくをあらわし始め、翌2001年はオールスターゲームに初出場しました。

そのあと、開幕投手になり、日本代表選手になりと一流選手になりFA権を行使してメジャーリーグ挑戦を決意しました。

 

メジャーリーグ時代

ついに、2007年ロサンゼルス・ドジャースと契約をむすび、広島カープ初のメジャーリーガーとなった。

背番号は18だったが、会見の時に間に合わず08をつけたというエピソードも。笑

 

記者会見で黒田選手はこんなことを言っている、

「ワクワクする気持ちはほとんど湧いてこなかった。戦地に行くつもりでアメリカに行く。」

引用:黒田博樹 - Wikipedia

 

ほんとに戦いに行っていた、という気持ちがすごくよくわかるコメントでした!

 

しかし、好調な時と不調な時がありなかなか安定することがなく、苦しい時期をここでも経験していた・・・

そして、2009年野茂、松坂選手に次いで日本人投手史上3人目となる開幕投手になりました。

 

その後は、故障者リストに入ったり、不調な時もあったがキャリアを積みかさねていった。

 

ヤンキース時代

ついに、2012年ニューヨーク・ヤンキースと契約を結んだ。

その頃、日本人史上3人目となるメジャー通算50勝を達成している。

 

しかしチームの軸として先発ローテーションなどチームに貢献していたが、ヤンキースからオファーが出ず、他クラブからのオファーも報じられていた。

 

この時、黒田選手39歳という年齢でした。

アメリカでも文句なしの成績を出していた黒田選手が、なんと急に日本球界復帰を決める!!

 

広島復帰時代

2014年に古巣広島に復帰が決まった!!

メジャーリーグのチームからの高額オファーをことわって、男気の広島復帰が話題となりましたね。

これぞ、男気黒田と言われるゆえんでしょう!!

 

そして、2007年につけていた背番号15を再びつけることになりました。

く~、広島カープもにくい演出しますよね~。

この頃ぐらいからなんとなく黒田選手のことを知り始めたのは。

 

復帰会見で黒田選手はこう語った、

「年齢的な部分を考えても残りの野球人生は長くないと思っていますし、いつ最後の登板になっても良いという気持ちでやっています。1球1球にどれだけの気持ちを込めて投げられるかと考えた時に、カープのユニフォームを着て投げて最後の1球になった方が、後悔が無いと思い復帰を決断しました」

 引用:黒田博樹 - Wikipedia

さらに男気感じますね~!!

 

その後、メジャーでの経験をいかして活躍して、推定が約6億円プラス出来高で契約更改したということです。

当時、この金額はオリックスの金子選手を上回り、日本球界最高年俸だったそうです。

 

そして、今年2016年に41歳以上で完投勝利は4人目の快挙を達成したが、10月に今シーズンでの引退を表明した。

 

投手としては

球種はシンカー、フォーシーム、フォーク、スライダー、カーブ、カットボールと多彩な球種を持っている。

なかでも、フォークとスライダーは切れ味抜群で、メジャー時代はフォークには高い評価をえていたそうです。

広島時代は「ミスター完投」と言われるほど、完投が多かった。

 

今年の広島カープフィーバー

これはも黒田選手の影響というしかほかないと思います。

今期の主催試合総入場者数は100万人オーバー。

35試合で100万人の大台に乗ったのは球団史上最速のペースということです。

黒田フィーバーともう一つ阪神からの新井選手復帰も重なり広島は今シーズン大盛り上がりなのです!!

 

さらに、後輩若手投手に様々な経験を生かしたアドバイスも広島カープが好調の要因でしょう。

 

おわり

ボクも知らないことがたくさんあって調べてよかったと思いました。

決して、順風満帆ではなくいろいろな苦労や挫折を乗り越えての今があるんだなと、あらためてすごいなと。

 

日本でもアメリカでも記憶に残っている投手の一人なのは間違いありませんね。